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寓話−最後のパフォーマンス−〈百水〉

 あと3日で私は70歳の誕生日を迎える。髪の毛はほとんど無くなり、昔カナダのインディアン部落で右の耳を半分ちぎったあとの後遺症で今は右の耳はほとんど聴こえない。歯も28歳の時イスタンブールの町はずれで暴漢に襲われて以来すっかり無くなりおまけに手入れも充分にしなかったためボロボロどころか、ほとんど失われている。鼻は父親の悪い遺伝のせいかいつもクンクンと蓄膿症気味でそれは若い頃から直っていない。その上目はすっかり強度の老眼のため近くのものがひどく見えずらいのである。右手の肘は43歳の時に行った、椅子に座ってバタンと後ろに倒れる、といった馬鹿なパフォーマンスを行った時に骨がこなごなにくだけてしまい、いびつに曲がったままである。体形以上に世の中がすっかり変わってしまった。旧東ドイツの旧式の原子力発電所の爆発といくつかの国の核実験の結果、世界中はすっかり汚染され、多くのエコロジストたちのたび重なる警告にもかかわらず世界はこぞって終末的工業社会に入っている。日本はかつてリゾート法や近年つられた新国土利用法によって全くといっていいほど自然が失われ、その失われた自然の中で、マネー・ナショナリズム世代といわれた私と同じ世代の老人達が医療設備もサービスもない海のみえる老人ホームで暮らしている。
土地はもう誰のものでもなく、全て国家が管理する時代になった。今では天文学的数字にまではねあがった過去の土地高騰の時代がなつかしいくらいである。高くても売買する自由と、安くて平等な代わりに国家が管理するのとどちらがよいのか、今の私にはさっぱりわからないことだらけである。ともかく、私が老いたせいもあるが、あらゆることが老いてみえてしょうがない。
パフォーマンスという言葉も、もう誰も使わなくなった。私にしても昔私が46歳のときに書いた貧しい文章と少しばかりの記録(それも、もうすっかりボロボロになって手元には一冊よりないが)でしか記憶に残ってない。ジョン・ケージが死んだあと音楽家の小杉武久はマース・カニングハム舞踏団の主任演奏家になったと聞いたが、それも風の便りである。一時期、一緒に活動した長谷川六さんはまだ元気らしいが、彼女の舞踊評論もそろそろ切れ味がなくなってきている。時々会っても昔のような元気がない。「あたり前だろ!もう年なんだから」というのが、この頃の口癖だがやはり老いてなお切れ味の鋭い評論を書いて欲しいと思う。でもしかたのないことである。演劇も美術も舞踊もほとんど全ての芸術が成金たちの個人的所有物のようになってしまい、やたらに金はかかっていても中身の薄いみせかけの芸術がホントウの事になってしましった。もう個人の力で芸術をする時代ではない。グループやプロジェクト・アートが主である。加えて自由が薄くなった分だけアートは国や企業の代弁者のような顔にみえる。かつて私はパフォーマンスは時代と重なりあってみえる…。と書いたことがあるが、こうしたなし崩し的自由の死の中ではパフォーマンスはもはや力を発揮しないだろう。ヨーロッパではすでに数十年前に、かつてのヨーゼフ・ボイスや緑の党が提唱したようなエコロジカル経済の確立があたり前のこととして受け入れられているのに、この国は末端肥大症的な、人間性を失い優れた情報化時代の名残をまだとどめている。情報をもつ側ともたない側の差はどんどん広がってゆき情報による封建的社会が確立した。多分、私と同年代の人々で物質と情報の恩恵を充分に受けた老政治家にとっては世界の大きな変化に対応できなかったのは当然である。

 2014年11月13日今日が私の最後のパフォーマンスである。タイトルは「百水」。このことは前もって今も生きている古い友人たちに知らせてある。場所は青森県の恐山の宇曽利湖。今日から一週間続ける。相変わらず昔みた時と同じように宇曽利湖の水の色はエメラルドに輝き、湖に続く山々は赤の連帯である。パフォーマンスは恐山神社を左に曲がったところで、神社とは正反対の細長く狭く白い砂地で行われる。そこに百個の大きな瓶をならべ、瓶の中には過去43年間に行った私のパフォーマンスのためにつくられたさまざまな素材やオブジェや道具が入っている。私はまずその全ての過去を一つ一つ穴を掘って埋めてゆくつもりである。そして空になった瓶の一つに宇曽利湖の水を入れ、その水の入った瓶をもって次の瓶へ入れ、、又その瓶をもって次の瓶へ水を入れてゆくという行為をくりかえす。一つの瓶に入った水が百個の瓶に入れては出し、出しては入れてゆき、最後に水が無くなるのはいつのことだろうか。そして最後の一滴が無くなったら私は、岸辺に置いてある小さな木の舟に乗って湖の中央まで行き、舟にナイフで穴をあけながら立ちあがって舟が沈むまで歌を歌うつもりでいる。さて、友人は来てくれるだろうか。

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