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 1990年の10月に私は京都大学西部講堂で一週間にわたるパフォーマンス・アートのワークショップを開いていた。広い講堂の中心に大きな机を置き、そのまわりにはスライド・プロジェクターやムービー・プロジェクターの他に、様々な音響機械を配して、いつでも誰でもそれを使って個人的なメッセージや作品の紹介を通して休みなくパフォーマンスについて討議するためであった。ほとんど毎日、朝の10時にそれは始まり終りは朝方の2時3時ということも珍しくなかった。パフォーマンス・アートが単に上演という形式ばかりではなく、上演されることの意味や立場や空間の使い方まで演者と観客が細部にわたって再考してみようという試みである。わかりやすくいうとパフォーマンス・アートに対する誤解やある種の関心を呼びおこすためにワークショップが開かれたのであり、そのワークショップの結果の一つとして作品が上演されるという仕組みをつくったのである。現場はさながら工事現場のようでもあり、別の角度から見れば一種のアート・スクールのようでもあったといえるかもしれない。長谷川六、粉川哲夫、服部達朗、椎啓の他に三浦雅士、谷川晃一、小林進などの批評家や美術家に加え、舞踏家の桂勘や狂言師などが各々の身体の使い方を具体的に語ったりしながら、それはさながらクロス・オーバー・スクールであった。小さいながらも私はひそかにかつてのブラック・マウンテン・カレッジやバウハウスのことを想像していた。
 10月2日の昼すぎ、ティー・タイム・レクチャーのプログラムの最中に一人の外国人が訪ねてきた名前はハムディ・エレ・アタール。ドイツのカッセル美術大学の教師である。1992年のカッセル―ドクメンタに対抗するもう一つのドクメンタともいえる新しいプログラムを作っているディレクターである。名前の通り彼はドイツ人ではない。エジプト人である。浅黒い皮膚に黒い衣裳に手首にはカラフルなブレスレットという魅力的なスタイルのことはさておき、彼は芸術に於けるアジアの立場や新しい枠組みを考えるために日本に来ており、このあと韓国や台湾、香港などをまわるつもりだというのである。レクチャーは席を代えて彼を臨時の講師として現代のドイツの状況やヨーロッパが何を考えどのような行動に移ろうかということを語ってもらうことにした。最も興味深い考えは芸術の枠組みについてであったと思う。東ヨーロッパの解放やソ連のペレストロイカによる改革がもたらすものが、いわゆるかつてアメリカの政治家であったキッシンジャーがつくったリンケージという造語にならえば、リンケージされなければならないのは東ヨーロッパと西ヨーロッパの関係ではなく、アラブとアジアとアフリカ、そして可能性があれば南米も加えた方法論をつくることだという発想である。いわゆるユーロ・コミュニュズムに代表される全ヨーロッパの思想に対してアラブとアジアが一つの枠組みをつくり、その両方にアフリカの文化圏が配置されるという、いわば政治のブロック化現象がアートにとっても大きな課題であるということであった。しかしこの発想は別段新しいものではない。すでにバックミンスター・フラーが宇宙船地球号でとなえ、ヨーゼフ・ボイスがユーラシアという概念や環境経済学をテーマにした新しい価値を緑の党のスローガンに盛りこんだ時に発表されたことである。だがハムディ・エル・アタールが提起したものはこうした枠組を知の台頭と芸術の先端に位置づけたことにその特徴があった。言い換えれば、知恵による生き方が、芸術という手法を通してあらわれることによって、それまでの極端に言えばエコノミカルなアート状況を打ち破りたいという願いである。もとより、パフォーマンス・アートは知の表明であり、生きるための芸術であることを思えば、この提言はやはり使い古された手法とはいえ再考に価するものがある、という点で、いはばこの討論会は、西と東の知恵のありようや文化的資質の相違点こそが互いのメッセージになりうるということで了解したのである。さてこのようなドキュメントは別としても、すでに私たちのまわりにはこうしたネットワークがはりめぐらされ、人々は自由に訪ねわずかづつでも意見を交換しながら新しい芸術の価値を模索し続けているということである。この時感じたのは一つのパフォーマンス・アートのもたらすリアルな現場性こそが価値の結び目の担い手としてネットワークの手掛かりとなるのではないか、という予感であった。話しあい、互いに模索し、実験を可能にする装置をもち、あらゆることにとらわれない空間の作成こそパフォーマンス・アートが、もしも〈作品〉と呼びうる概念をつくるとすれば、この空間性を於いて他にないということである。それはスタニフラスキー・レムのチップのようでもあり、タルコフスキーの雲のようなものである。新しいカオスの再現をパフォーマンス・アートは今や目指しているのある。
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